読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

心はいつも雨模様

徒然なるままに書いていきます。

中村文則さんの文学講座に参加して。

f:id:aimaru105:20170527224701j:plain
作家、中村文則さんの「人生に、文学を」オープン講座に参加してきた。今後の人生のために、書き残しておく。感想を書くのは昔から苦手だけど、大切だ!と思ったことを文章にして書き残すことは大事だと思うから、頑張って書く。少々荒っぽい文章になるが、お許しを。

  •  文学講座に参加して

この取り組みは、本離れの激しい現代に、少しでも多くの人たちに文学に興味を持ってもらいたいと願い、2016年から開始された。有名な作家さんが、私たちと同じ空間で、本のことや、作家としての活動を詳しく話してくれるので、とても貴重なイベントであると共に、文学について詳しく知れる大切な場となる。私自身、純文学に関してはあまり詳しくはなかったので、この講座に参加し、新たに知見が広げられることを考えると、それだけで胸が高鳴った。今回は東京の上智大学で行われた。約50名の参加者が訪れるとあらかじめ告知されていたけど、実際にはその倍近くの人たちが集まったので、正直とても驚いた。最近の本離れを感じさせないほど、皆、今回の講座を楽しみにしている様子だった。主催者によると、どうやらたくさんの応募があったらしく、50名だけではもったいないということで、できるだけ多くの人を招待することにしたそうだ。そう考えると、私は当たっていなかった可能性もあるので、主催者のサービス精神にただただ感謝する限りだ。

当講座は「文学の可能性と面白さ」をテーマに、芥川賞作家の中村文則さんが直々にお話をしていき、そして、一通りお話が終わったら、今度は参加者側が中村さんに対して色々質問をしていくという流れだった。教室から溢れんばかりの人がいたので、質問をすることは叶わなかったが、沢山の興味深いお話を聞くことができたので、参加して良かったなと、心から思った。

  • 課題図書を読んで

今回の講座では議論を深めていくために、2冊の課題図書を読むように言われていた。中村文則著「私の消滅」と、アルベール・カミュ著「転落・追放と王国」の2冊だ。中村さんがこの2冊を課題図書に選んだ理由について、「私の消滅」は現時点では最新の小説にして過去の作品を上回る出来であり、さらに、今までとは少し違った手法を取り入れていたので、文学の面白さを伝えるのにはちょうど良かったからこの本を選んだそうだ。そして、カミュの「転落・追放と王国」は、中村さんがフランスに訪れた際、海外の読者から「『転落・追放と王国』の影響を受けているよね」と言われて、それで興味を持ったからこの本を選んだのだそうだ。しかし、実際には何の影響も受けておらず、たまたま中村さんとカミュの感性が似通っていたので、その読者が勝手にそう信じ込んでいただけだった。当講座では参加者といろいろな意見を交わし、物語の様々な視点を見つけていった。実際にこの2冊の本を対比しながら、読書について、そして、文学について考えていった。

この課題図書2冊に共通する部分は、登場人物の心には常に孤独が潜んでいるということ。中村さんの小説も、カミュの小説も、登場人物は常に孤独で、今まで過ごしてきた人生を回想しながら、必死に、人生の意味について見出そうとしていた。カミュの小説は、告白文として綴られている。それ故、主観的で捻くれた意見が多く入り混じっており、読んでいて窮屈さを感じ、そして、理解しえない部分が多く存在した。様々な思いが複雑に絡み合い、暗号のような人生論をこれでもかと聞かされているかのようだった。中村さん自身も、カミュの本にはよく分からない部分が多くあると指摘していた。当然、このような主観的な部分が多々見られるから、色々な解釈が生まれてくる。登場人物がどのようなことを思い、なぜあのような行動をとったのか。それは登場人物の過去の出来事により形成された性格で判断したり、作者であるカミュ自身の性格から推測して、登場人物の気持ちを考えたり、本当にいろいろな角度から、物語の動きを見つめていった。カミュの小説は、全体的に複雑で、簡単には理解できない作品だった。

一方で、中村さんの小説は、記憶を主体にして(今回は「私の消滅」)物語を描き、私とは何か、その一点だけをテーマに話を進めている。人間の内面の、さらに奥の暗闇を、ストレートに描いているので、読んでいてすんなりと心に響いてくるものがある。(中村さんの作品はどれもそんな感じ)カミュと比べて複雑ではなく、シンプルな構造で成り立っている。
中村さんはこのようなことを言っていた。「カミュは文体に性を含ませている。そして、僕は文体に水(生)を含ませるようにしている。そこが大きな違いだろう」
文体に何を含ませるかは作家さんの自由で、中村さんはそれを意識的にやっている。だから、カミュも意識的に複雑な作品にしたのかもしれない。皮肉な戯言さえも、考えさせるような文体にして。

私の消滅」は、最悪の犯罪者と呼ばれる宮崎勤が登場する。その宮崎勤の犯罪に至るまでの精神、いわゆる心の内面の描写が、とても恐ろしかった。気味が悪い、と言った方が正しいかもしれない。中村さんは彼の内面に潜り込み、歪んだ性癖と、そして、過去のいじめが、このような幼児の性犯罪に繋がったのだと主張していた。しかし、私にはどうしても理解できない部分があった。例えばネズミ人間が出てくる場面や、過去の幼い自分を引き合いに出して、幼女と親し気に会話する場面など。それはただのわがまま、あるいは強い妄想癖があるに過ぎないのではないか。それをあたかも病気と見せかけ、刑を軽くしようと企てていたのではないか。しかし、無意識と意識の間を生きる宮崎勤のことを、やはり完全には理解できない。統合失調症にもなったことがないので、完全には分からないけど、やっていいことと、やってはいけないことの区別が出来なければ、そもそも人間てして生きてはいけなかったはず。

ああ、書いていてよく分からなくなる。「私の消滅」は、ミステリー寄りの純文学として描かれている。(これが新しい手法。ミステリーと純文学をうまいこと融合させるのはとても難しいことらしい)だから内容としては曖昧な部分があるので少し難しい。それにしても、中村さんの小説や、カミュの小説を、心から共感できる人はいるのだろうか。いたら、怖い。でも、簡単には共感できない小説があるからこそ、多くの人が悩み、考え、いつまでも読み継がれる文学作品として、存在していくのだろう。

  •  作家になるためには

今回の講座には、作家志望や編集者志望の方がたくさん参加されていた。私はもっぱら中村さんの本を手に取って読むだけの一読者に過ぎなかったので、周りの志の高さに少々気圧されていた。でも、中村さんの話は、今後の人生の参考にもなるので、周りの空気に飲み込まれないように、自分のペースで話を聞いていった。

作家になるためには、何から始めたらいいのか。そして、何を継続して頑張ればいいのか。おそらくそれは作家を目指す人にとっては一番知りたいことだと思う。しかし、明確な答えがあれば、誰もが作家になれてしまうし、作家という特異な職業を単純に「こうすればなれるよ」と、説明しても、そんなの面白みの欠片もない。中村さんは自身が作家になるまで、どのようなことをしてきたのかを詳しく話してくれた。

中村さんは大学を卒業してから、フリーターでずっと小説を書き続けていた。とにかく、自分は作家になるんだ、という強い思いだけを胸に秘め、書き続けた。この時点で彼の努力が垣間見えると同時に、彼が非常に真面目な人間であるというのが分かる。

私は就職して働いている人間が、真っ当な人間だとは思っていない。もちろんちゃんと働いて、世のため人のために働く人たちを、心から尊敬しているし、私もそうなりたいと思っている。でも、目標もなく、ただ、だらだらと仕事をしていくのは、死んでいるのと一緒だ。まだ自分の好きなことをして、ヘラヘラと過ごしていた方がマシだと感じる。でも、生きるために嫌なことをしていかなければいけないのも事実で、そこをうまく折り合いを付けていくことが大切なんだと、社会人2年目になって思うことがある。

話が逸れてしまったが、中村さんは、作家以外になりたいものは特になく、とにかく執筆活動に熱を入れた。初めて小説を書き上げた時「自分は天才なのではないか」と思ったらしい。誰も評価していない作品を書いて、自分が天才だと感じるのは、少し自意識過剰だと思うけど、それでも、自分の作品をこれほどまでに特別視できるのは、ある意味すごいことだと思う。私は今までそんな経験がない。出来上がった作品を賞に送ってみたものの、一次選考で落選してしまう。その時、中村さんは、郵便局員が出し忘れただけだと思ったらしく、今度は郵便局を変えて、もう一度賞に応募してみたらしい。それでも、あっけなく、また一次選考で落選してしまったので、ここでようやく、自分の小説が悪いのだと気づいたそうだ。

面白い人だな、と参加者たちは笑っていたけど、私は「こんなにも真摯に自分の目標に向き合っている人を、他に見たことがない」と、素直に感心してしまった。どんなことでも言えることだが、チャレンジしたいものがあれば、積極的にチャレンジすることが大切で、誰かに見てもらわないと気づけないこともある。もし中村さんが小説ばかりを書き続けて、いつまでも賞に応募しなかったら、きっと、作家となって、私たちの前で、文学を語ることはなかった。いつまでも自分の世界に閉じこもってばかりでは、気づけないこともあるのだと、改めて気づかされた。

その後、中村さんは、「銃」という作品で、新潮新人賞を受賞する。受賞する前の心境は、すさまじいものだったと聞いたことがある。夜、散歩をしていて自転車のベルを鳴らされたとき、それが「邪魔だ、どけ」という言葉に聞こえ、自分は社会に必要とされていないんじゃないかと、想像するまで、追い詰められていたらしい。これは講座では語られてはいないけど、よく話されるエピソードで、この時の危ない気持ちが、新人賞に選ばれた「銃」に、すべて込められているらしい。「銃」は数年前に読んでみたけど、たしかに、人間が持つ危ない気持ちがしっかりと反映されていた。

しかし、驚いたのが、中村さんは賞を受賞したと同時に、法務教官の試験にも受かっていたということだ。これを聞いて本当に努力の天才だなと思った。日本文学・世界文学を読み漁り、執筆活動に精を出し、そして、その傍ら公務員の勉強をする。考えただけでも、到底真似できないと思った。人生で興味のある仕事は作家で、社会的に興味のある事柄は少年犯罪。もし作家になれないのなら、少年院の先生をしながら、小説を書いていくという計画を立てていた。でも、現実問題、働きながら小説を書くのは難しいと思っていたので、実際に法務教官として働くかどうかは分からなかったらしい。本当に真面目すぎるよ、中村さん。でも、中村さんが少年院の先生になって、非行に走った少年と向き合っていたら、その少年はきっと人生に意味を見出せていたと思う。

何かを成し遂げるためには以下の三つが大切だと教えてくれた。これは作家に限らず、何かを目指している人にも当てはまることだと思う。

努力する

客観視する

個性を出す

上記のように、中村さんは努力していた。努力することは当然大切なことで、努力なくして何かを成し遂げたとしても、価値はないと思う。積み重ねていったものが、やがて評価され、その積み重ねを大切にしながら、さらに、この先を頑張っていくことが、目標を叶えた本当の姿だと思う。

そして、しっかりと客観視することも大事で、ただの趣味で自己満足の為にやるのなら話は別だけど、多くの人に評価されたいのであれば、ある程度の客観視が必要になってくる。中村さんは、自分の書いたものをプリントアウトして、数日寝かせた後にまた読み返す、といった作業をしていた。そうすると文章の粗が分かってくるらしい。それを何度も繰り返しながら修正していく。そういった手間を惜しむことなく、自分の書いた作品を見つめ直していくことで、多くの人に共感を得られる作品に仕上がるのだと分かった。

個性を出すことも重要で、誰かの真似ばかりしていては、目に引くものを書くことができない。自分がどう思ったのかを、しっかりと考えていくことが大事。それが、たとえ誰かと似通ったものになったとしても、それでも自分が考えたものであれば、それが個性になる。個性があってこそ、初めて楽しいと思えて、それが自分らしい作品へと変わっていく。

後、小説脳の話もしてくれた。小説脳とは、先の展開を考えずに、無意識的に物語を書いていくことだ。これは伊坂幸太郎さんもやっている手法で、とにかく自分の感性だけで、思うがままに書き進めていく。最初に「こんな結末にしようかな」と考えていたものが、全く違った結末になることさえある。しかし、ストーリーが最初に考えたものとまったく違うものになった方が、面白い小説になっていくのだと言っていた。もちろん、ただ書き進めるだけでは着地点を見失うので、無意識的に書いた物語を、改めて意識的に書き直していくことが必要になってくる。これらのルーティーンを中村さんはやってのけている。これは、おそらく生まれ持った才能なのかもしれない。研ぎ澄まされた感性が、人を魅了する物語へと変えていくのだろう。今回の課題図書である「私の消滅」も、木の枝を見て、そこから悪の伝播を想像して、いろいろな繋がりを連想しながら、物語を書き始めたと言ってた。そして、物語の中盤で出てきた事柄が、最後の最後で一致する時、自分のしてきたことが正しかったと再確認できるらしい。それは、今まで生きてきた全ての記憶の連なりが、自然と物語の行く末を切り開いていることなのかもしれない。

作家になるために、その質問に、明確な答えはない。自分の色を出していくことが、作家を目指すにしても、何かをするにしても、大切なのではないだろうか。

  •  まとめ(文学の面白さとは)

文学講座に参加してみて、印象に残ったことと言えば、やはり読む人によって色々な違った解釈があるということだ。自分だけ違う意見を持っていたとしても、それは間違いではなく、むしろ、他の人とどこが違うのかを考えることができるので、より物語の深みを探すことができる。それはある意味、自分の個性を見つけ出すチャンスになるし、文学を楽しむ一つの方法にもなる。

人生に答えなんてない。それは文学作品も同じで、それぞれ違った物語がある。文学的なことと人生を繋ぎ合わせるのは、浅はかな考えだと思うが、文学作品は作者の心を映す鏡であると私は思っているから、人生の道しるべになったりすることも、もしかすると、あるかもしれない。

文学は、一つの答えに帰結しない。たくさんの違った感じ方を味わうことができ、多様な感性を育てるきっかけにもなる。

今回は文学の面白さを知ることがメインの講座であった。文学の面白さを心から味わうことができれば、この先きっと自分の個性を見つけ出し、自分らしく生きていけることに繫がるはずだ。

どんなことにも、意味はある。その意味をしっかりと考えて、自分の意見として発信していき、もっともっと、自分らしさを磨いていけたらなと思う。

それは、このブログや、その他、何らかの形で残していきたい。

それがいつか自分の為に、そして、誰かのためになると信じて。

若者が一人、また一人と消えていく

若い社員が、また一人去っていく。

先日は若い営業の方が東京に駆り出され、そして明日は、一年間同じ部署でお世話になった先輩エンジニアの方が、東京に行ってしまう。

私の所属している会社は、社員数30人前後の小さな中小企業だ。やってることは、手を結んでいる大手企業の製品を、お客さんの要望に合わせて少しずつ改変して、それを売っていく。簡単に説明すると、そんな感じだ。

上からの命令に従いつつ、お客さんの要望を聞き入れながら販売していく体勢なので、窮屈な上にとても忙しい。

会社の規模的に、そんな大したことはできないのに、昨年から社長が背伸びをし始め、大企業並みの体制を行使している。社長は、私が入社した時に新たに就任したので、まだピカピカの二年目だ。その社長が社員数なんてお構いなしに、新たな営業所や部署をどんどん立ち上げている。そのおかげで社内はあたふたとしている。

私が入社した時と、現在の会社の姿が、ここ一年でずいぶんと変わってしまった。

新しいことをして、会社を発展させていくのは正しい。現状維持だといずれは衰退してしまうだろう。

しかし、社員数30人前後で、できることは限られる。せいぜい中小企業なりに細々とやっていくのが関の山だ。

何かをやりたいのであれば、せめて新入社員を確保してからにしてほしい。新入社員の確保という非常に重要な活動も満足にできないのなら、どうなるか分からない、未知の事業なんかに手を出さないでほしい。人手不足、人手不足、と嘆くのなら、そこをしっかりすればいいのに。

若者はどんどん東京に駆り出されていく。

残っているのは、昔から働いているおじさまばかり。役職をだらけの会社。女性社員の急な退職。

みるみると痩せていく営業さん。

若者がいない会社は窮屈で仕方がない。

若者の叫び。

【プロフィール】私のこと

せっかくブログを書いているのだから、自分がどのような人間なのかを見つめ直してみたいと思う。この自己分析が自分の何かしらの気づきになったり、このブログに足を運んでくれている人たちのプロフィールになってくれたら嬉しい。プロフィールとしては、かなり長ったらしいものになってしまうけど、悪しからず。
f:id:aimaru105:20170522211649j:plain
  マルイネコです。

  • 子供時代(小学~高校)
    本当に、大人が嫌いな子供だった。「こんな大人になるくらいなら、自分はずっと子供でいい」と、小学生ながら思っていた。小学5、6年生の時だったろうか。一度、夏休みの作文で、大人を盛大に皮肉った内容のものを書いて、提出した。それは私から、この世の大人たちに対しての挑戦状であったが、担任の先生から「これは本当に面白いよ」となぜか絶賛され、不本意ながら優秀作品に選ばれることになり、たくさんの人たちの前で朗読する羽目となってしまった。大人を揶揄した内容なのに、私の朗読する作文を聞いて、大人たちは笑う。その光景を見た時は心底気持ち悪いと思った。それくらい私は大人たちに対して、一種の嫌悪感を抱いていた。現在、大人の年齢になっている私は、「よくここまで生きてきたな」という気持ちと、「嫌いだった大人たちに、私自身、なっていないだろうか」という懐疑心が常にある。

  • 中学時代
    今もよく分からないけど、中学時代に抱いていた、どうすることもできないもどかしい気持ちが、胸に焼き付いている。中学2~3年生の時だったろうか。夜明け、それこそ朝の4時~5時くらいの時間帯によく目が覚めて、虚無感を抱くことがあった。そんな時は、迷わず外に飛び出して、遠くの、まだ太陽の昇っていない群青色の空を、眺めにいった。誰もいない、秘密の場所を作ったりもした。その秘密の場所で、群青色の空を眺めると、不思議と落ち着いた。「どうして私は生きている?私はどこに行くべきなのか?ここから離れたい…親から、友人から、周りを取り巻くすべての人間たちから…遠ざかりたい…」と、遠くの空を見ながら、ぐるぐると考え続けた。別に誰かからひどい仕打ちを受けた訳でもないが、あの頃は一人になりたい願望が強かったように思う。もしかすると、中二病だったのかもしれない。

  • 野球(小学~高校)
    高校生までずっと野球をやっていた。とにかく辛い練習に耐え続けた。最初のほう(小学2年生くらいの時)は野球が好きだったけど、中学・高校に上がるにつれ、上下関係・監督の絶対王政が厳しくなってきて、その影響なのか、野球が好きではなくなった。しかし、親から高校までは野球をやることを強制されていたので、辞めることはできなかった。
    野球は高校までと決め、引退と同時にすっぱりと縁を切ることに。ここでようやく、野球以外のことは何もかも無知な空っぽの人間であることに気づき、少なからずショックを受けた。
    部活を引退した後は、必死に受験勉強をした。しかし、これといってやりたいこともないし、良い大学に行きたいわけでもなかったので、今いち頑張ろうとする気が起きなかった。結果第一志望落ち。よく分からない大学に受かる。でも、何かを学んで行きたい気持ちはあったし、今の場所から遠ざかりたい気持ちも強かったので、とりあえず大学に進学し、曖昧ではあるがいろいろ学んでいこうと決意する。ここまで書いてると、自分がいかに適当な人間なのかが分かる。

  • 大学時代
    大学に入学してからは、読書と公務員の勉強をしながら、人生において何が大切であるのをずっと考え続けた。しかし、明確な答えを導き出すことができず、そして公務員の面接にも落ちてしまい、人生八方ふさがりの状態となった。面接に落ちた後は腹痛で倒れてしまい、就職活動を中断。卒業論文の方に熱を入れることにした。それが功を奏して、私の書いた卒論が優秀な論文に選ばれ、書籍として纏められ、大学の図書館に寄贈されることに。

  • 大学卒業から現在まで
    就職できないまま大学を卒業し、アルバイトをしながら就職活動をすることになる。ここで何かを書き残していきたいと思いたち、日記を書くようになる。しかし、日記だけでは味気ないと思ったので、文章で誰かを楽しませてみたいと思い、手紙を始めることに。軽い気持ちで始めたのに、あまりにも手紙を書くことが楽しかったので、履歴書そっちのけで文通に熱中してしまう。現在6人の文友と、2年間文通継続中。これは自分でもすごいことだと思っている。相手を笑わせる文章を書くのは難しいけど、楽しい。
    とりあえず就職できたので、とんとんびょうしで大阪に引っ越し。仕事をしながら、日記を手書きするのはキツかったので、2016年の12月に、ブログに移行する。それがこのブログの始まり。
    現在、「仕事辞めたい、仕事辞めたい」と呟きながら、社会人生活を絶賛謳歌中。

  • 将来の目標
    ・厳しくてもいいから、自分が心から納得できる仕事をしていきたい。それが何であるかは、現在模索中。
    ・猫になりたい。

  • このブログの方向性
    日記であったり、エッセイであったり、好きなことを紹介する記事であったり、ただの妄想であったり、とにかく『自分の心を映す鏡』として、ブログを書いていきたい。